気の向くままに

その先果てない道を歩きたくて

1月27日。

 

 

 

 

 

1年です。

あれから、ちょうど。

 

 

 

 

 

 

センター試験が終わって、いよいよ本試がはじまるね、頑張ろうね!!と、受験真っ盛りだったわたしが勉強しなくなりズタボロで本番を迎えるきっかけとなった日から、今日でちょうど1年が経ちます。

 

 

ご飯もまともに食べれなくて、毎朝毎夜聴いて元気づけられていた嵐の曲が聴けなくなって、泣く泣く学校に行っていろんな人にいろんなこと言われて、外出すると聞こえる見ず知らずの人たちの会話に勝手に傷ついて、Twitterでしか精神を安定させることができなかった日々から、1年が経ちます。ボロボロだったねあの時のわたし。メンタルも、結果も、すべてがズタボロだったね。第1志望どころか第2志望、第3志望すら落ちてTwitterで「全落ち」で検索かけていた日々、両親に怒られ後期試験でも受けられるように学校にお願いして調査書追加してもらって、その次の日になんとか合格を貰えたのはセンター利用で受験した学校だったね。でも受験の神様って本当にいるんだろうな。ギリギリで、本当にギリギリで、半分記念受験だった第1志望の大学に今は通うことができています。たくさん泣いた甲斐があったのかもしれない。1月に入ってから1度も学校をサボらなかったおかげかもしれない。御守りが効果を発揮してくれたのかもしれない。とにかく、あの日からいろんなことがあって、今日、1年が経ちました。わたしに未来がなくなって1年が経ちました。楽しくて幸せで、でも地獄のような日々がはじまってから1年が経ちました。

そんな中で、今日もわたしは生きています。

 

 

 

1年前のわたしへ。

来てほしくなかった2020年となりました。貴方が今抱いている感情から何も変わらず、ただカウントダウンだけはしないようにと意識しながら、1日1日を無駄にしている毎日です。"20周年"というものに救われてきた2019年が終わり、いよいよ「2020年末で活動休止する国民的アイドルグループ嵐が」という枕詞を否定できなくなりました。辛い。辛いよ、とんでもなく。でもね、どこかで納得して受け入れてるわたしもちゃんといます。2021年になっても生きなきゃなぁって、そう思っているわたしもいます。そこだけは少し、成長できたかもしれないなぁ…。

 

 

それと、しんどいことが1つ増えました。

 

 

でもそれが何なのかはここには書きません。「嵐ファンって楽しいなぁ、最高だなぁ!」と、そう思ってたいつの日かのわたしは今はいないけど、意地でも応援し続けようとは思ってます。…なんかこういう書き方すると否定的だと思われちゃうのかな。嵐のどんな挑戦も前向きに受け入れて風に変えていこうと思ってるわたしは今でもいる。むしろ今の方がその想いは強いと思う。だから安心してほしい。「嵐が好きで二宮和也が好き」その気持ちが揺らぎそうになったことはあったけど、結局変わってないよ。大丈夫。それから、嵐もにのみやくんも今日も変わらず輝いてるよ。大丈夫。わたしは今でも嵐のファンであることに誇りを持っているし、嵐のファンで良かったって思ってる。この気持ちが変わることは、きっと今後一生無い。

 

 

 

この間、ふとあの時期たくさん吐き出していた言葉たちを読み返してみて。そういえば、あの日なんとか絞り出せた1番最初の言葉は「狡い」という言葉でした。この決断をした5人が死ぬほど愛おしいけど、でも気持ちはついていけなくての「狡い」。20周年が終わったら覚悟しなきゃな〜なんて甘く考えていたわたしをぶん殴ってくるかのようなことをしての「狡い」。一区切りを知ったはずなのに、どこまでもかっこよくてファン想いで益々好きにさせてきての「狡い」。そんな色んな感情が詰まった「狡い」という言葉を、なぜかリア垢でツイートするっていう…(笑) もちろん、その裏にあった今書いたような想いを理解してくれていた人なんて、リア垢のFFにはいなかったと思います、ハイ。

いつかはくると思っていた「最期」を突然、本当に突然意識させたこと。10年以上トップに立ち続けて今尚トップにいる上での「休止」。どこまでもカッコいい人たちだって思ったのは、本心でした。

「終わりに感謝できるような人間にしてくれたのは他でもなく嵐だから、ちゃんと笑って見届けられるようにしたい」

そう、せめてたくさんのありがとうを伝えたい。それがどんな終わり方でも、休止という名の解散だったとしても。あの日の、あの日から数日間のわたしは、そんなこと思ってました。

 

 

 

1年が経って、すっかりその考えが抜けていた気がするなぁって。結局わたしは、迫ってくる現実からいつまでも目を背けて、5人で笑い合っている嵐を見て幸せを感じているだけの日々。ほんと、準備なんかこれっぽっちも出来てない。あと11ヶ月と3日で、本当に嵐が5人で笑っている姿を見れなくなるなんて、全然信じられないし信じたくない。正直、そんな世界で生きていける自信がない。

 

でもね、これでいい気がする。

 

わたしは今を楽しみたい。嵐と色んなことを楽しめている今を。何も考えずに、純粋に、笑いながら過ごせている今を、自分が勝手に抑えつけることで失いたくはない。……1年経って、ただ我が儘になっただけ。自分でも笑っちゃう話だけど、でもその方が幸せだと思うんだ。だから良いかなぁって。何も悲観的になる必要ないかなって、今はそう思うようになりました。

 

 

 

 

さあ、

2020年が幕を開けました。

 

あの日から、活動休止が発表されてから、今日で1年が経ちました。

 

彼らが1度歩みを止めてしまうその日まで、残り、11ヶ月と3日です。

 

 

…カウントダウンなんて本当はしたくないけど、でも今日という日だけはこの数字を胸に刻もうと、そう思います。

 

 

 

 

"ずっと僕の宝物さ 可笑しいくらい君が好き"

 

嵐担になってからずっとそう思ってたし、今でもそう思ってる。けどね、

 

"いつか君が笑えるなら 僕は心から手を振るよ"

 

1年前の今日、1月27日からは、こうとも思うようになりました。

 

 

 

正直、離れたくないし歩みを止めて欲しくない。自担に散々「俺らを生きがいにしないでね(ニュアンス)」って言われてきたのに、その気持ちは抑えられなかった。ごめん。嵐を応援するということは、嵐のファンであるということはわたしの生きがいで、生きる意味で、存在価値だとも思ってる。わたしには嵐しかないんだ、この気持ちだけはどうしても変えられなかった。

でもね、それと同じくらい、下手したらそれ以上に、嵐5人には幸せであってほしいと思ってるの。

それはたぶん、今までわたしが嵐から数えきれないほどの幸せを貰っているから。その幸せの中にはきっと、嵐が何かしらの犠牲を払ったから成り立つものもあると思う。アイドルであるが故に、たくさん我慢して、犠牲を払って生きてきた人たちだと思う。だからこそ、嵐5人には世界中の誰よりも幸せになる権利があると思うし、幸せでいてほしい。一オタクの小さな願いに過ぎないけど、本当にそう思ってます。だからわたしは5人としての決断も、1人1人の決断も受け入れたいし応援したい。だって嵐"ファン"だもん。「〜だからといって本当のファンではないということはない」と彼らは言ってくれるけど、少なくとも"ファン"であるなら応援しなきゃいけないとわたしは思ってます。だから応援し続けるよ、この先どんなことがあっても。どれだけ厳しい挑戦をしていても、どれだけ嵐が変わっても、“嵐ファン”を名乗り続ける限りわたしは応援し続ける。

 

 

 

あと11か月と3日。

現状決まっているのは北京公演(できるのかな…笑)と新国立競技場公演。…あとオリンピックのお仕事、にのみやくんの浅田家!。

だからね、すごく楽しみにしてます。この先何が待っているのか、どんなサプライズがあるのか、何をしてくれるのか。こんなこと言ったら贅沢だけど、きっともっとたくさんあるって信じてるから。わがままなオタクでごめんね。

 

 

1年前から、本当にたくさんのことをしてくれた嵐。あの日から今日まで、本当にたくさんのことをしてくれて、たくさんのことがあって、たくさん笑って、たくさん喜んで、たくさん悲しんで、たくさん泣きました。ちょっとしたことで辛くなったし、ちょっとしたことで幸せを感じられました。休止を知る前と同じように、いや、休止を知る前より嵐のことが好きになりました。「トップになりたい」という夢をまだ持っている嵐を、本気で世界中に嵐を巻き起こそうとしている嵐を、風速が上がっていく嵐を。これからも全力で応援することを、今日改めてここで誓います。

 

 

 

来たれ LAST YEAR。

来たれ、最高の嵐 YEAR。

 

 

あと11ヶ月と3日。

最後の最後まで、嵐と笑っていれたらと思います。

そんな、2020年11月27日の超個人的な所信表明でした。

 

 

 

 

 

 

まずは5月15日、16日。

国立競技場で会えますように。